
淡水不足 途上国の成長脅かす
生存に欠かせない「水」の不足が途上国の成長を脅かしている。水問題はいまや温暖化と並ぶ国際的な関心事。生活はもとより、産業や農業に不可欠な水問題解決に重要な視点は何か。12月に大分県で水問題を討議する初の国際会議「アジア・太平洋水サミット」が開かれる。各国政府・機関や非政府組織(NGO)などが集まる準備会で議長役を務めるシンガポール政策研究所会長のトミー・コー氏に聞いた。
--2025年までに世界の人口の3分の2が「水不足」に陥るとの予測がある。
「世界的な水問題の権威であるインド人学者アシッド・ビスワス教授が水不足について『適正な分配をどう確保するか』という新しい視点を提起している。実は世界には淡水資源は十分あり、問題は絶対的な不足ではない」
「例えばニューデリーでは約6割の水道水が正常に配給されていない。供給インフラの老朽化による漏水や不法売買、盗難が原因だ。一部企業、そして富裕層も貧困層も勝手に上水道を利用して料金を払っていない。貯水池を設けるごと以前に供給の正常化、公正化がまず必要だ」
--分配を正常にするため各国はどう対応すべきか。
「水の統合(ガバナンス)が重要だ。ガバナンス向上のひとつの手法は水問題に責任を持つ専門省庁の設置。シンガポールは環境・水資源省が水問題を一元的に担当するが、多くの国では農林省、貿易産業省など担当が分散し、誰も最終責任を負っていない。水問題は国家指導者が直接、担当すべきだ。年末に別府で開催するアジア・太平洋水サミットではこうした提案をしたい。域内の首脳に水問題が国民や経済、我々の未来に重要だと理解してもらう」
--水をつくり出す技術が世界で開発されつつある。
「確かに水が不足しているシンガポールや中東に一部の国では、海水淡水化や下水の再生水である“ニューウォーター”を活用している。だがこうして手法で水を確保しなければならない国は少数派だ。新技術を使えば問題が解決するわけではない。必要なのは各国にとってより適切で、負担可能な手法をみつけることだ。浄水を適正価格で人々に届けるシステムづくりを国際機関が資金や技術面で支援すべきだ」
「幸いなことにアジア開発銀行(ADB)は水関連事業に従来の2倍の資金を使う、と表明している。プロジェクトには世界銀行、国連開発計画(UNDP)も巻き込んでいく必要があるだろう」
--淡水を国境を越えて取引する水貿易は増えるか。
「確実に増えるだろう。豊富な水資源を持つ国が少ない国に輸出するのは自然だ。シンガポールはマレーシアからパイプラインで淡水を購入している。地中海の島では水を船で輸入しているケースもある。ロシアは欧州向けに電力や天然ガスを送っており、国境を越えた供給は当り前になっている」
--水道事業の民営化など市場原理導入も水問題解決のカギとなるのではないか。
「途上国で市場原理を安易に導入すると結局、一般国民が浄水を得るコストは上がる。マニラやジャカルタ、インドなどでは水道事業を民営化したが、資金改修の難しいスラム街には投資が回らず、金持ちが払う水道料金よりも数倍高い値段で飲み水を購入せざる得ない矛盾を生んだ。これは社会的不公正だ。政府は貧富を問わずすべての国民にほぼ同じ料金で水を届ける義務がある。浄水の供給は公衆衛生、義務教育、健康維持などと同様に社会が責任を負うべき問題ではないか」
「いくつかの国では、公共事業に付随する無責任体質や非効率さ、汚職問題などを解決するために、水道事業を民営化した。確かに官僚主義は大きな問題がある。民営化が大きなひとつの手法であることは認めるが、国民に平等に供給することが不可欠だ。」
--かつてのチグリス川をめぐるトルコとイラクの対立など水問題を巡り国家間、地域間の紛争は少なくない。
「国際河川の取水を巡っては流域国の対立は今後も起きるだろう。ただ、協議する組織があれば大きな紛争にはならないだろう。例えば(中国やタイ、ラオスなどを流れる)メコン川にはいま上流で水力発電建設のため巨大ダム計画がある。下流にとっては水量が下がると同時に、上流からの栄養を含んだ土はの流量も減る。だが流域国に加え、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)や世銀などを含めた協議組織ができあがっている。
--水をめぐる専門の国際機関が必要ではないのか。
「確かに必要性はある。メコン川には流域国の協議組織こそできたが完全なものではない。ガンジス川など他の大型河川にはこうした協議体はない。流域国の協議体をつくる際には関係国の政府機関だけでなく、NGOやADB、世銀など国際的な機関の参加が必要だ。様々な利害を調整することで貴重な河川システムを守る協力体制を築くことができる」
--水資源の確保は各国の安全保障にかかわる。調整は簡単ではないのでは。
「安全保障がかかわるからこそ他国間で協議する場が重要だ。二国間協議ではどうしても問題が複雑になる。NGOの役割に注目したい。例えば中国の雲南省の事例が参考になる。同省はメコン川、ガンジス川、サルウィン川の上流にあたる。米国のポールソン財務長官はかつて米国のコーチャー・コンサーバンシーというNGOのアジア太平洋支部長だったが、中国を説得して雲南地区で米国のNGOが参加できるようにした。この結果、米国の産業界が資金を援助する仕組みができた。米政府でも中国政府でもなくNGOが主導した」
「かれらは住民に不要な木材伐採をやめて水源を守るように説得した。地元では調整など毎日の生活に材木が必要だ。そこで家畜の糞から燃料を作る方法を教え、エコツーリズムのガイドとして現金収入を得られるようにした。問題解決は簡単ではないが、伐採をやめさせるには様々な手法がある。『政府が関与しなければ水源を守ることはできない』と考える人々を説得する好例となった」
「重要なのは淡水の量を増やすことではなく、分配を公平にし、効率化することだ。各国政府が水問題に責任ある体制をつくるとともに、民家の力も積極的に活用していくべきなのだ」

(日本経済新聞2007年7月14日より)