地球からのSOS

自然遺産 忍び寄る危機

揺らぐ湿原の生態系

 この年に独立の国立公園となった尾瀬では近年、湿原の乾燥化を予感させる現象が起きている。

 気象観測データによると、六月の最高気温平均が約50年間で2.6度上昇。降水日数が減り、雨の間隔が長くなった。

 気温上昇は植生に大きな影響を与えかねない。中でもオゼソウなど「氷河期残存植物」と呼ばれる貴重な植物にとっては深刻。研究者は、雪解けが早まることで、山頂付近に自生する植物が急激な気象変化にさらされる、とダメージを心配している。

 尾瀬の湿原は、植物が約8000年かけて積もった泥炭からなるが、地球温暖化が泥炭層の分解を促進しているとの指摘もある。尾瀬の生態系は足元から揺らいでいる。

 雪の減少でかつて尾瀬にいなかったシカが急増。シカは尾瀬を代表するミズバショウやニッコウキスゲを食い荒らしている。“楽園”を得て、シカはさらに繁殖する心配を見せている。「このままでは湿原はもたない」。環境省はシカ捕獲の検討に入った。

新緑の森 枯死広がる

 鹿児島県・屋久島西部にある国割岳(1323m)へ続く尾根。四月末、ユネスコの世界自然遺産登録地にあたる険しい山中に立つと、絶滅危惧種「ヤクタネゴヨウ」が白く乾いた肌をむき出しにして枯死していた。

 陽光を求め突き刺すほどの樹勢を誇りながら力尽きた大木は周辺だけでも30本を超える。研究者は、工業化が進む中国大陸から飛来する大気汚染物質が原因の一つとみて調査を続けている。

 なぜ枯死が進んでいるのか。研究者らの見立はこうだ。大陸の工場や自動車からの大気汚染物質が光化学反応でオゾンなどの光化学オキシダントや酸性の粒子に変化。季節風に乗って飛来し、汚染物質を蓄えやすい針葉に粒子が付着。光合成の力が落ち、ストレスが生育に影響を与える。

 屋久島で調査する千葉科学大学の永淵修教授は「大陸との間には海だけ。遮るものがない屋久島には、大陸から直接汚染物質が運ばれてくる。影響は計り知れない」。

環境異変 永久凍土の後退進む

 地球温暖化によって変わる気候。光化学スモッグや酸性雨などの大気汚染は広域化が進み、外来種の増加や魚の乱獲など人間が生態系に与える影響も各地で顕在化してきた。身近な環境の変化は、地球規模で進む環境破壊の現れだ。

 春本番を迎えたふもとを見下ろし、その頂きは足を踏み入れる者を拒絶するかのような厚い雪に覆われている富士山。日本を代表する名峰で、永久凍土が“解ける”異変が起きている。

 静岡大の増沢武弘教授(生態学)は昨年八月、頂上から標高2500m間の南側斜面約百ヶ所に温度計を埋設した。1998年時の調査では、3100m付近だった永久凍土の下限が3200mに上昇、22年前の調査と比べ100m縮小していた。要因は気温の変化だった。山頂の最高気温の平均は氷点下1.9度。約20年間で2.5度も上昇していた。

 「森林限界」上昇も指摘される富士山。同研究所長の荒牧重雄東大名誉教授は「独立峰の富士山は地球の温度変化を敏感にとらえている。あらゆる現象を調査し、温暖化対策に生かすべきだ」。日本の象微がいま、熱を帯びた“警告”を発している。

シカ食害 お花畑でも

 南アルプスの前衛をなす峰、山伏(静岡市葵区、2014m)の山頂。「貴重な植物がシカに食べられている」。四月末、高山植物保護ボランティアが指さす先には、ササ原に幾筋もの獣道がくっきり残っていた。

 南アルプスでは増え続けるニホンジカの食害が深刻だ。夏になるとヤナギランのピンクの“じゅうたん”が広がっていた山伏だったが、ここ数年で激減し、昨年は10株ほどしか咲かなかった。

 静岡市清流の都創造課の望月建副主幹は「以前はシカがここまで登ってくることは考えられなかった」と訴える。近年の気温上昇で雪解けが早まり、2000mを超える「お花畑」まで進出するようになったと推測する。

(信濃毎日新聞2008年5月6日より抜粋)

このページの先頭へ戻る