ミラボー橋 ギョーム・アポリネール
堀口大学 訳
ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ
われらの恋が流れる
わたしは思い出す
悩みのあとには楽しみが来ると
日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る
手と手をつなぎ 顔と顔を向け合おう
こうしていると
二人の腕の橋の下を
疲れたまなざしの無窮の時が流れる
日も暮れよ 鐘もなれ
月日は流れ わたしは残る
流れる水のように恋もまた死んでゆく
恋もまた死んでゆく
命ばかりが長く
希望ばかりが大きい
日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る
日が去り 月がゆき
過ぎた時も
昔の恋も 二度とまた帰ってこない
ミラボー橋の下をセーヌ川が流れる
日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る
詩人アポリネールは1904年画家のピカソと知り合いになり、ピカソのアトリエ「洗濯船」に出入りするようになります。
そこで多くの芸術家と交流が始まりますが、そこで女流画家マリー・ローランサンとの運命的な出会いがあり、
二人は恋に落ちます。アポリネール27歳、ローランサン22歳の時でした。
6年後、ルーブル美術館から名画「モナ・リザ」が盗難にあい、アポリネールは無実の罪で逮捕され、1週間後に釈放
されます。
そのことが原因で、嫉妬深くなったアポリネールにローランサンは失望し、彼の元を去り、アポリネールは絶望します。
その頃、書かれた詩が「ミラボー橋」です。
その後二人は手紙のやり取りをしますが、ローランサンはドイツ人画家と結婚し、深く悲しんだアポリネールは戦争に
志願し、頭部を負傷、それが元でアポリネールは、この世を去ります。
彼のベッドの壁には、彼が生涯愛し続けたマリー・ローランサンの「アポリネールと友人達」の絵が架かっていました。
マリー・ローランサンは73歳でこの世を去りますが、棺の中の彼女は遺言通り、純白のドレスに身を包み、その手には
真っ赤なバラを握り、白いドレスの胸にはアポリネールからの手紙が置かれていました。
お盆に入り少し時間が取れたので、久し振りで好きな詩を書きましたが、とても残念なお知らせです。
蓼科高原、屈指の名ホテル「アートランドホテル蓼科」が2011年9月30日をもって閉館となります。
同時に「マリー・ローランサン美術館」、「蓼科高原 芸術の森 彫刻公園」も閉館となります。
大変に残念なことですが是非この機会にアポリネールの愛した画家、マリー・ローランサンの絵をご覧にお出かけ
になられてはいかがでしょうか。
