営業日記

ニーバーの祈り

2011年9月1日 木曜日

THE SERENITY PRAYER
ニーバーの祈り

 

 

O God, give us

 

serenity to accept what cannot be changed,
courage to change what should be changed,
and wisdom to distinguish the one from the other.

 

 

神よ、

 

変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。

 

 

Reinhold Niebuhr
ラインホールド・ニーバー(大木英夫 訳)

ゲシュタルトの祈り

2011年8月31日 水曜日

GESTALT GEBET
ゲシュタルトの祈り

 

Ich lebe mein Leben und du lebst dein Leben.
私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる。

 

Ich bin nicht auf dieser Welt, um deinen Erwartungen zu entsprechen -
私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。

 

und du bist nicht auf dieser Welt, um meinen Erwartungen zu entsprechen.
そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。

 

ICH BIN ich und DU BIST du -
私は私。あなたはあなた。

 

und wenn wir uns zufallig treffen und finden, dann ist das schön,
でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。

 

wenn nicht, dann ist auch das gut so.
たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。

手を離す‐ロープのたとえ話

2011年8月29日 月曜日

 思い込みにしがみついている心は、一本のロープにすがりついている人に似ています。
 もし手を離したら、落ちて死んでしまうと思って、自分の命のためにロープにしがみついています。両親や教師や他の沢山の人達がそう教えたからです。そしてまわりと見まわすと、みんなも同じようにしがみついています。
 彼に手を離しなさいと誘いかけるものは何もありません。
 そこへ、一人の知恵のある婦人がやってきました。彼女は、しがみついている必要はない、そのような安全は幻想にすぎず、人を今いるところから動けなくしているだけだと知っていました。そこで、彼女は男を幻想から解き放ち、自由になるのを手伝う方法はないものかと考えました。
 彼女は男に、本当の安全や、より深い喜びや、真の幸福、心の平和について話しました。そして、もしロープを握っている手の指を一本だけ離せば、それを味わうことができるのよ、と言いました。
 「一本だけですね、喜びを味わうためだったら、それぐらいの危険はおかしてもいいな」と男は考え、最初のイニシエーションを受けることに決めました。指を一本離すと、彼は今までにない喜びと幸福と心の平和を味わいました。
 しかし、それも長続きしませんでした。
 「もう一本指を離せば、もっと大きな喜びも幸せも心の平和もあなたのものよ」と彼女は言いました。
 彼は自分に言いました。「これは前よりも難しいぞ。本当にできるだろうか。大丈夫だろうか。自分にそんな勇気があるのだろうか」彼は躊躇し、それから指の力を少し抜いて、どんな感じか試してから、思い切って指をもう一本離しました。
 落ちずにすんだので彼はほっとしました。そしてもっと幸せで、心が平和になったことに気がつきました。
 でも、もっと幸せになれるのでしょうか。
 「私を信じなさい。今まであなたをだましたことがありましたか。あなたがこわがっているものもわかります。あなたの頭が何と言っているのかも知っています。こんなことは気違いじみている。今まで習ってきたことに反するじゃないかって言っているのでしょう。でも、私を信じて下さい。私を見てごらんなさい。とても自由でしょう。絶対に安全だと約束します。あなたはもっと幸せになれます。そしてもっと満たされた気持ちになれますよ」と彼女は言いました。
 「僕はそれほど、幸せと心の平和を望んでいるのだろうか」と彼は自問しました。「今まで一生懸命にしがみついてきたものを、全部手放してしまうだけの覚悟ができているのだろうか。原則的にはイエスだ。しかし、それが安全かどうか確信ができるのだろうか」こうして彼は自分の中の恐れを見始めました。恐れの原因を考え始め、自分が本当に何が欲しいのか探し始めました。少しずつ、ゆっくりと、彼の指から力が抜け、リラックスし始めました。彼は、自分にはできる、とわかったのです。そして、そうしなければならないことも知っていました。彼が握りしめていた指を離すのはもう時間の問題でした。そして、指を離してみると、もっと大きな平和の感覚が彼の内部に染みわたってゆきました。
 彼は今や一本の指でぶら下がっていました。理屈では、指が二、三本しか残っていない時に、すでに落っこちていてもいいはずでした。しかしまだ落ちていません。「しがみついていること自体、まちがっているのだろうか」と彼は自問しました。「僕はこれまでずっとまちがっていたのだろうか」
 「最後の一本はあなた次第よ」と彼女は言いました。「私はもうこれ以上助けられません。ただ、あなたの恐れはどれも根拠がないということだけは覚えておいて下さい」
 自分の内なる静かな声を信じて、彼はゆっくりと最後の一本の指を離しました。
 何も起こりませんでした。
 今までいた場所にそのままいました。
 そしてそれがなぜか、彼はやっとわかりました。彼はずっと地面の上に立っていたのです。
 地上を見渡した時、彼の心は真の平和で満たされたのでした。そして彼は、自分がもう二度と再びロープにしがみつくことはない、と知っていました。

こころひろがる

2011年8月25日 木曜日

 

天の川とブラックホール。日本の技術力により、宇宙の神秘に迫る発見が、2例相次いだ。いずれも、世界初の発見となる。
天の川の中心(銀河系中心部)の10万個近くの星の中から、たった3個発見された「変光星」がとらえられた。
この星には、周期的に明るさが変化する特徴があり、分析の結果、およそ2500万年前に誕生したこともわかったという。
変光星を発見したのは、東京大学などの研究グループで、「当時、星が大量に発生したベビーブームがあったことを示している」としている。
一方、国際宇宙ステーションの実験棟「きぼう」などから撮影された画像には、ブラックホールに星が吸い込まれる瞬間がとらえられている。
ブラックホールは地球の1,000~1万倍、吸い込まれる星は地球のおよそ100倍の大きさで、星が一瞬で粉々になったあと、星を形成していたガスが光の速さで噴き出して­いて、JAXA(宇宙航空研究開発機構)は、ガス噴出のメカニズムの解明に役立てたいとしている。

 

 

地球のおよそ100倍の大きさの星が、一瞬にして粉々になるのが「あたりまえ」の宇宙で、
いま、この地球に、自分が存在する確率、そして、いま目の前にいるひとと出会う確率を想像すると、
ちょっとくらくらしてきますが、
同時に、この地球に満ち溢れている奇跡的な偶然(あるいは必然)に、
驚きと喜びと感謝を感じずにはいられません。

小さな贈り物

2011年8月24日 水曜日

私たちの人生に大きな影響を与えるのは、
幼子が摘んでくれたたんぽぽの花であったり、
異国の地から友人が持ち帰った小石だったり、
とてもとてもとても小さな、
ささやかなものであることがよくあります。

 

サン・テグジュペリの「星の王子さま」は、
小さな星からやってきた小さい王子が地球を訪ね、そして、
ひとりの男に、いとも簡単に愛の力を信じさせ、
その人生を変えてしまいます。

 

物語の終わりに「星の王子さま」が故郷の星に帰るとき、
その男に餞別として、自分の星を贈ります。

 

 

 人間はみんな、ちがった目で星を見てるんだ
 旅行する人の目から見ると、星は案内人なんだ
 ちっぽけな光くらいにしかおもってない人もいる
 学者の人たちのうちには
 星をむずかしい問題にしてる人もいる
 ぼくのあった実業家なんかは、金貨だと思ってた
 だけど、あいての星は、みんな、
 なんにもいわずにだまってる
 でも、きみにとっては、星が、
 ほかの人とはちがったものになるんだ・・・
 ぼくは、あの星のなかのひとつに住むんだ
 そのひとつの星のなかで笑うんだ
 だから、きみが夜、空をながめたら、
 星がみんな笑ってるように見えるだろう
 すると、きみだけが、笑い上戸の星を見るわけさ!

季節のはざま

2011年8月23日 火曜日

今日は『二十四気節』の処暑 (しょしょ)

 

陽気とどまりて、初めて退きやまんとすれば也(暦便覧)

 

処暑は「暑さが止む」という意味だそうです。
厳しい暑さもようやく峠を越え、朝夕心地よい風が吹くようになりましたね。
今まで盛んだった暑気が少しずつ減っていき、代わりに冷気が入ってきました。
そして、この移り変わりとともに身体のバランスも少しずつ変化していきます。

 

「夏バテ」が多くなるのは、真夏よりもむしろいまの時期だそうです。
「疲れがとれない」「だるい」などを軽視せずに、早めに対処して、
これから迎える実りの秋に向けて、この時期を上手に過ごしていきましょう!

 

目にうつるすべてのことはメッセージ

2011年8月22日 月曜日

こんにちは、営業部香川です。
昨日友人から、とてもありがたい差し入れの宅配便が届いたのですが、差し入れがくるまれていたのが、琉球新報の「僕の主張 私の意見」という投稿欄でした。そこには、こんな投稿がありました。いずれも、小学六年生の方からの投稿です。

 

縄文時代の助けあい 
 私の好きな教科は、社会です。今、社会では歴史をやってます。私は歴史の中でも縄文時代が好きです。
 縄文時代の人たちは、みんな協力して助けあってくらしているので、私は好きになりました。縄文時代の人はきっとみんなやさしくていい人ばっかりだったと思います。今では争ったり、うそをついたりなど昔できたことがぜんぜんできていません。
 歴史を勉強していると、どんどん争いがおきたり、上下関係がひどくなっていきます。これは仕方のないことだと思います。お米がなくては、ごはんがかぎられてます。貝や魚もつきてなくなってしまったらごはんはなくなります。
 こういうことになるのでは仕方ないと思います。でも、争いは人の命がかんたんになくなっていきます。
 なので少しずつ縄文時代みたいに協力して助けあっていく世の中にしたいです。

 

戦争のない未来に
 私は「平和」とは争いがなく、みんなが仲良くしていくことではないかと思います。まだ戦争をやっている国や殺人事件などがあるので、完全に「平和」ではないけれどそういうことがなくなっていけばみんなが「平和」なのではと思います。
 私たちにできることは、けんかをしない、友達と仲良くなることができれば一歩一歩進み、戦争をなくして平和な未来に進みたいです。
 私は平和な沖縄にうまれてよかったです。戦争のない未来に進みたいです。

GNH 国民総幸福度

2011年8月21日 日曜日

Gross National Happiness(GNH・国民総幸福度)は
1972年、ブータン国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクが提唱した
「国民全体の幸福度」を示すインデックス・尺度です。

 

このGNHという指数を、国連でも、
正式に使っていこうという動きがあるそうです。

 

Gross National Happiness = GNH(国民総幸福度)とは
Gross National Product = GDP(国民総生産)で示されるような、
金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、
精神的な豊かさを表します。

 

日本の国民総生産(GDP)は長年、
アメリカについで、世界第2位でしたが、
2年前この地位を中国に明け渡し、第3位となりました。

 

そして、これまでに日本人が学んだことは、
GDPがどんなに大きくなっても、
実際にはそれが「幸せ」にはつながっていないのではないか・・・
そのようなことだったのではないでしょうか。

 

つまり、経済的にどんなに豊かになっても、
こころの豊かさである「幸せ度」は、別物なのだということです。

 

「経済的な豊かさ」と「幸せ」を同一視する考え方こそが間違いの元だというのは、
古代の哲学者たちから、マハトマ・ガンジーやダライ・ラマのような現代人まで、
みなが共通して述べていることです。

 

 

2000年に発表されたブータンの国家戦略は、
以下の4つがその柱であるとされています。

 

 1. 持続可能かつ公正な社会経済学的発展
 2. 環境の保全
 3. 文化の保護と促進
 4. 良い統治

 

そして、日本は、経済的な豊かさに反して、幸福度の順位はかなり低く、
それは、自殺者が毎年3万人以上もあることからも想像できます。
以下GNH順位を転載します。
 1位 デンマーク
 2位 スイス
 3位 オーストリア
  ・
  ・
 90位 日本

 

他の先進国、G-7に加盟している国のGNH順位は、全て日本より高い位置にあり、
また「幸せの国」ブータンは8位でした。

 

 

これからの日本は、単にGDPなどの「生産」を伸ばすだけではなく、
GNH=精神的な豊かさを増やすことを、考える時期にきているのかもしれません。

 

大量生産、大量消費、大量廃棄の持続不可能なルーティンから脱却して、
新しいライフスタイルを創造することも必須です。

 

3・11は、GNHを高めていく新しいライフスタイルを創造する必要性、
そして、緊急性を、わたしたちに教えてくれました。

 

3・11で犠牲になった方々に報いるためにも、
これまでどおりというわけにはいきませんね。

今日を生きる

2011年8月20日 土曜日

今日はどんな1日を過ごしましたか?

 

 

今日はどんなことがありましたか?

 

 

今日もいちにち、お疲れ様でした

 

 

そして、ここにお立ち寄りくださり、ありがとうございます

 

 

 

 

 

今日しかない今日という日

 

 

毎日オリジナルの

 

 

目標 = これをしよう
支点 = 心決め

 

 

目標を支点で支え、持ち上げるのは

 

 

行動

 

 

 

 

目標 + 支点 + 行動

 

 

今日という日を「生きる」ために
とても大事な3点セットです

 

 

 

 

目標を決めないままいちにちをはじめるのは、
行くあてのない旅に出るようなもの

 

 

支点がないいちにちは、
地図をなくして迷子になるようなもの

 

 

そして、

 

 

行動がなければ、
旅は終わりません

 

 

おばけのようにさまようことなく、
今日という日を生きましょう

諏訪湖花火大会

2011年8月16日 火曜日

 

 

 

 

 勿論この露台の上からも、絶えず賑な話し声や笑ひ声が夜気を揺(ゆす)つてゐた。まして暗い針葉樹の空に美しい花火が揚る時には、殆(ほとんど)人どよめきにも近い音が、一同の口から洩れた事もあつた。その中に交つて立つてゐた明子も、其処にゐた懇意の令嬢たちとは、さつきから気軽な雑談を交換してゐた。が、やがて気がついて見ると、あの仏蘭西の海軍将校は、明子に腕を借した儘、庭園の上の星月夜へ黙然(もくねん)と眼を注いでゐた。彼女にはそれが何となく、郷愁でも感じてゐるやうに見えた。そこで明子は彼の顔をそつと下から覗きこんで、
「御国の事を思つていらつしやるのでせう。」と半ば甘えるやうに尋ねて見た。
 すると海軍将校は相不変微笑を含んだ眼で、静かに明子の方へ振り返つた。さうして「ノン」と答へる代りに、子供のやうに首を振つて見せた。
「でも何か考へていらつしやるやうでございますわ。」
「何だか当てて御覧なさい。」
 その時露台に集つてゐた人々の間には、又一しきり風のやうなざわめく音が起り出した。明子と海軍将校とは云ひ合せたやうに話をやめて、庭園の針葉樹を圧してゐる夜空の方へ眼をやつた。其処には丁度赤と青との花火が、蜘蛛手(くもで)に闇を弾(はじ)きながら、将(まさ)に消えようとする所であつた。明子には何故かその花火が、殆悲しい気を起させる程それ程美しく思はれた。
「私は花火の事を考へてゐたのです。我々の生(ヴイ)のやうな花火の事を。」
 暫くして仏蘭西の海軍将校は、優しく明子の顔を見下しながら、教へるやうな調子でかう云つた。

(芥川龍之介『舞踏会』より)

 

 

まだまだ暑い毎日ですが、夏ももうそろそろ終盤です!

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